「ちょんまげ」が「リーゼント」になって

最近気になるのが「eメールという機能」である。

私が社会人として業務を始めた頃はそんな便利なものはなかった。だから伝達はもっぱら電話やFAXが主流であった。

しばらくするとその会社へPCがドンドン導入されイントラネット上のアカウントや個人のメールアドレスを利用するようになった。

そして起業し自社のドメインでHPやメールアドレスを管理しているが毎日届く内容はDMや営業関係のメールが殆どになってきている。

その反面、SNSのアカウントから仕事の進捗や問い合わせがドンドン増えていく。

Facebookメッセージ、iMessageLINE・・・

しゃべり言葉でいろんな会話が弾む。

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◯◯様

お世話になっております。

さて、先日ご相談いただきました・・・・

以上

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なんてお決まりのテキストはない。

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おはよう!今日の打合せですが・・・・

よろしくでーす。

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なんて感じに大きく変化してきている。

ましてやそれが「失礼」とか「ルール違反」なんてことを考える余地もないぐらいだ。

新しい価値や習慣はユーザーの中で選別され必要な物だけが生き残るメカニズム。

その昔eメールが周辺伝達装置をなぎ倒していったようにその大きな波は習慣を変化させる所まで来ている。

そしてeメールは、ハガキと同じ扱いになってくる。

様式、所作が必要な物はその「様式や所作」が変化するとたちまち不都合なものとなる。

働き方が変化する。

すると道具も変化する。

TimeLineという表示形式(?)は、それまで不都合だった脳みその使い方を大きく変化させてくれた。

それは「話の流れ・経緯軸が付加された」ところにある。

これによって曖昧になりやすい記憶はその表示形式によりサポートされた。

文語体・口語体の区別は曖昧になり、美しい響きや所作は少しずつ失われドンドン合理性だけが全面に出てくる。

「ちょんまげ」が一気に「リーゼント」になっていくさまである。

そして、枠組みも大きく変化する。

SNSで複雑に構成されるクラウド上の組織はだれもその実態を把握することなど出来ず、またどんなタイミングで動き始めるかもわからない。

難民がそれらによって動き爆発的な波が近隣諸国に影響しているさまはまさにSNSのもたらしたものである。

どんな企画もプロジェクト化し目的に対して必要なリソースは内外関係なく構成される。

新しい取り組み方は新しい価値を生み出すきっかけとなる。

それが今目の前で起きている。

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