最新の音楽より自分がティーンエイジャーだった頃の音楽が無性に聞きたくなるタイミングがある。そんな時に役立つのがインターネット。

YouTubeにアクセスしてあの時のあのアーティストの楽曲を検索するとあの時見られなかった動画を見ることができる。
再生するとその関連するコンテンツが自動で再生されていく。

 

懐かしい写真や懐かしい物もインターネットで検索すればすぐに出てくる。
セピア色の街の風景やブリキのおもちゃ、子供の頃買ってもらったライダーベルトとセミハンドルの自転車。

誰かのコンテンツがアップされそれを見ず知らずの自分が見ることができるシステム。これが大きくそれまでにあったある部分の価値を大きく変えてしまった。でも、それは歓迎されるべき変化である。

 

私はなんの労力も使わずあの時の懐かしい空気に触れることができる。
そんなシステムの最大恩恵を受けるのは昭和40年前後の生まれではないだろうか?

そもそも何かしらの記憶装置が発達してなければアーカイブされるコンテンツがないことになる。
昔の絵は出てくるがさすがに画像や録音された音源などは記録装置がないので出てくることがない。

カセットテープ、8ミリビデオカメラ、オープンデッキ、カメラなどに記憶されたコンテンツはちょうど昭和50年ぐらいからではないかな?

あの時の空気はいろんな記録装置により現代に蘇っている。その恩恵を受けている私達はラッキーである。

で、その前の世代はそのアーカイブがないので少し物足りない。そして、その後の世代はアーカイブが当たり前であり時代背景とかの移ろいとは別にいつでも引き出せる過去がデフォルトである。

 

ノスタルジーや文化とは違う価値がそこにある。モノの感じ方は時代によって変わる。

そのうちタイム・トラベルできるようになると過去というものは現代と変わらないものとなるかも。

もしそうならば、未来に対する企画はこうである。

 

未来の子どもたちに残す未来の現代。
それは「記憶」である。
なのでSNSであり写真であり、ムービーであり、音声である。

未来から訪れる人たちが楽しめるコンテンツを現代に準備する。
ということは、未来のヒットソングは現代にあるかもしれない。
全ては絵画のように扱われる。
今という時間は現代だけのものではなくなる。
ましてや独り占めもできない。

全ては未来とつながっているのである。
今までは時系列の中で整理されつながれていたがそのうち未来は現代と重なる。

 

そんな商品とサービスの具体的な企画を書かなくては・・・。