優れたアイディアはそのままで誰かがビジネス化してくれる。だから取り立てて企画書を書くまでもなくこうやりたいといった企画書が相手から上がってくる。

しかしながらほとんどのアイディアはその価値を説明することに膨大な時間を要することとなる。

これまでの経験からいうと
(1)口頭説明などですぐにそのアイディアが優れていると評価されるものは実は詰めていくとどこにでもあるような企画であることが時間経過とともにわかってくる。

(2)その対極である最初に拒否される企画はそれ自体の価値について正しく理解、もしくは認知できないままのプレゼンが進んでしまい評価されないが徐々にその優秀な部分がわかってくる。
(もしくは完全なるボツ作の場合)

などの特性がある。

また、企画側にも
(3)その企画を何度も何度も考え自分のものになってきたらその企画の一番の理解者となりその価値についての伝道者となり賛同を得るところまで行き立つこともある。

そして、最後に必ず行き着くのは
(4)ビジネス的試算と目論みである。
これを十分にクリアしなければそもそもの意味が薄れてしまう。

で、プレゼンされる方は
(1)〜(3)のコンテンツ部分と
(4)のビジネス的価値
の両方をバランス良く評価しその価値を決める。

また、プレゼンされている側は
「この人は私たちにできないことを言っている!」
と、感じたならそれを冷静に聞くことが良いでしょう。

なぜなら、それをできないと感じていることがそのアイディアを評価できない原因であり、それをできるようになることがそのアイディアの必要性だったりするからです。

「我が社ではそんなことはできないよ・・・」
と、声が揃う時はなおさら気をつけた方が良いのです。
それとは別に、
「もっともっと儲けたい!」
という与件が付き始める場合にもある。

この場合にはドンドン企画自体のアイディアレベルがインフレし最後には破綻したアイディアになることもある。

で、ふと振り返ると何かに取り憑かれたように本質とは大きく離れたところで議論だけが盛り上がっていたことに気づく。

「あとの祭り」

そんな企画は、企画の墓場へまっしぐらである。

レアなケースとして、企画した人間自体がその企画の価値に気づいていない場合もある。
周りが騒ぎ始めてから何だかすごいことになってきたというケースもあるだろう。

企画、アイディア自体は請け負うとそんなものである。

なので大事なのはそのアイディアを「信じることができる能力」にかかってくる。

とどのつまり、評価する方も「そこを見ている」と思うんですけどね・・・。

で、
「それならあなたがやればいいのでは?」
なんてキラー文句がでてくる。

全くその通りです。

そこも含めて
「なぜ、あなたがやるべき」かをプレゼンできていなければ話はややこしくなりますよね。

 
今日もアイディアは至るところで生まれている。
そして次々とゴミ箱へ放り込まれている。
しかし、そのゴミ箱へ放り込まれたそのアイディアは未来を大きく変えるアイディアである。

アイディアは与件があるからそのプロセスに深みが出る。

最後に「やっぱり楽しいよね、この仕事。」
と、思える人以外はやっちゃダメ!

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